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about JunTARO IMAI


  雑誌撮影前の一幕

すべてのゴルファーへ

プロゴルフコーチ今井純太郎。
彼は生来、文章で誰かに何かを伝えることをあまり好まないのだけれど、たしかに「ここ」ではそれを必要とするだろうと思う。

まず第一に、ゴルファーに伝えるべき多くのことがらを彼が持ち合わせているということだ。そしてそれらはあるふたつの領域から派生し、所属している。
ひとつはテイーチング、プレーヤーの如何を問わず「プロ」と呼ばれる彼らとの関わり、吸収、触発、発信、葛藤、激情、信頼により蓄積されたもの。同時に彼の立ち位置は学ぶ側にあり、そこから派生した領域であるとも云える。
もうひとつはプロプレイヤーへのレッスン、市民レッスン等を通じて教える側の立ち位置より派生した領域であり、ここでは自覚と実践により裏打ちされた経験がその多くを占めている。
乱暴に云えば前者は手段/ツールであり、後者は行動である。行動なき手段の取得になんの意味もない。だけど手段なき行動を今ここに至って別の誰かに積極的に進めることをあまり良しともしていない。

第二に、伝えるべきことがらを伝えるべきひとに繋げる回路をよりおおく得ることを、すこしばかり大げさなのだれど使命とも云うべきものを、思い違いにせよ なんにせよともかく彼は持ってしまったのだ。雑誌掲載コラムや市民ゴルフレッスン、もちろんプロプレイヤーらとの関わりにおいて多くを伝えてはいるのだけ ど、彼にはまだまだ伝え足りないらしい。なんだか得体の知れない欲求が彼のなかを駆けずりまわっているようだ。

第三に彼は岐阜県の中津川市に居を構えている。雑誌の取材やらレッスンやらで東京方面に出向くことはあるのだけど、ホームグラウンドはやはり中津川なの だ。つまり、伝えるべきことがらをより多くのゴルファーに直接伝えることにはマスとしての限界があり、やはり間接的な伝達を促すなにかしらをつくり、より 広範囲に流通させる必要性を感じで要るのである。

第四に、ここでは名前は挙がっていないのだけれど、これまで多くを与えてくれた方々に彼はとても感謝しているのだ。

written by 佐伯力 / Di-arc

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PROFILE


1983年

中津川レイクサイドゴルフセンター誕生。
上記ゴルフセンターは今井純太郎の実家の練習場である。
彼、今井純太郎はここでゴルフと出会い、同時に「ゴルフとは何か」、「ゴルフスイングとは何か」を考えはじめるに至る。

 

1989年

留学渡米。タイパベイインターナショナルゴルフスクール入学。
以後3年間、アメリカ東海岸フロリダにてゴルフスイング理論を学ぶ。
当時、この理論は世界最高峰と謳われるUSPGAツアーにおいて常に衆人の目を惹きつけていたものである。

 

1992年

サンディエゴゴルフアカデミー入学。
更なる飛躍を期し、またアメリカそのものからゴルフを学ぶといった意図もあり活動拠点を東海岸から西海岸へと移すこととなった。このアカデミーにてゴルフ理論及び、ゴルフ全般の知識を学ぶ。

 

1994年

帰国。JJG(ジャパン・ジョイフル・ゴルフ)設立。
ゴルフスクール、ラウンドレッスン、企業のゴルフスクール等にてティーチング活動を約5年間務める。

 

2000年

再度渡米。
アメリカミニツアーを転戦し、プレイヤーとして数度の優勝経験しながら数多くのツアープレイヤー、ティーチングプロと交流する。
またその交流を通じて「ゴルフとは何か」、「ゴルフスイングとは何か」、「ティーチングとは何か」を見つめなおす。

 

2002年

帰国。
帰国後、ティーチング活動をおこなう。その対象はツアープロのみならず一般ゴルファーにまで及ぶ。

 

現在

中津川を拠点として全国的にティーチング活動を行っている。契約ツアープロのシード権獲得、生徒の数名がプロテストに合格等、堅実かつ 確実にその実績を積み重ねている。またプロのみならずアマチュアゴルファーへのレッスンも行っており、市民レッスンは彼の活動における重要な位置を占めている。更には「EVEN」などいくつかのゴルフ情報誌にてコラムを受け持ち、彼のゴルフ理論をより多くのゴルファーに伝えるべく邁進している。それがゴル フとの幸せな関係をゴルファーにもたらすことを祈りながら。

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